Spritual Anatomy®によるスピリチュアルと心理学のセミナー・ワークショップ

昨夜久々に、

サナトクマラの姿をみました。

 

サナトクマラはとてもとても高次元に存在し、

コンタクトをとっても人間の私から姿が見れるわけではなく、

普段はただの光のかたまりに見えていたのですが。

昨夜は高熱にうなされていると

サナトクマラが目の前に現れました。

 

 

実際に見ると、

とても巨大で一瞬ギョッとしちゃう感じなのです。

 

そして女性なのか男性なのか性別の判断が難しい感じなのです。

これは言葉では説明するのが難しいのですが、

男性か女性を見分けているのって

実は見た目じゃなくその人が持つエネルギーなんだと思うんですよね。

 

彼(一応ここでは彼と言います。)は女性と男性のエネルギーをあまりにも

バランスよく持っているため、

人間の性別には当てはめにくい感じなんです。

 

 

昨日までの熱とともに、

本日の朝くらいからは、

私自身脱皮をしているようです。

 

たくさん光を取り込んで、

これまでよりも更に光を多く放てるようになっていっているように

感じます。

 

 

しかし、光を多く放てるようになるとは、

どういうことなのでしょうね。

 

 

私が思うに、

これは、許しのエネルギーが増しているという事なんだと思います。

 

 

 

私が自分自らの存在をこれまでより

深く深く許し、委ねることで、

内側から闇の部分が光に変わるのです。

 

 

そうすると、自分以外の人に対して、

自分という存在の許していない部分に光を放ち、

その方にも許しが起きるのです。

 

 

 

私ね、

 

愛、それは許し。

 

 

なんだなと思うんです。

 

 

 

私たち人間は、

自分という存在を深いところで許していないのです。

 

 

光と闇の統合は

自分の中にある闇つまり許していない自分を

許していくことなんでしょう。

 

 

 

捨てられた自分、愛されていない自分、わがままな自分、

怒りっぽい自分、不器用な自分、存在価値がない自分、

人に好かれない自分、なんの取り柄もない自分、優しくない自分、

優しすぎる自分、走るのが遅い自分、おっちょこちょいな自分、

病気な体を持った自分、精神的な病気を持った自分、

怒りっぽい自分、act..

 

 

 

様々な許されない自分がいるでしょう。

 

そしてこの自分に許しが下る日を夢見て、

私たちは様々な自分以外の自分になりすまして生きるのです。

 

 

しかし、そこに自己愛はなく、

やがて愛に飢え、

人生に燃え尽きるのです。

 

 

 

 

本当の愛を取り戻すには、

深いところで許していない自分を許すことなのです。

 

 

そしてそのありのままの自分として生きることで、

自分への愛が取り戻されるのです。

 

 

 

自分を許す事、

それは自分を甘やかすという意味ではありません。

 

 

自分を許す事は、

とても厳しい試練です。

 

自分を許す事はとても難しい作業なのです。

 

 

私のような人々を光に導く職業は、

人一倍光を放たなければならないのです。

つまり、人より多く自分を許すという経験が必要なのです。

ですからワーカーになるプロセスはとても大変です。

 

 

来年はもっとパワフルに、

みんなの闇を光に変えたいです!

 

頑張るぞーーー!!